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道編 はりまや界隈など(2)

清二郎はたゞつれてあるく位の事ニて、今すこし人物なれバよろしい、
又ハまあすこし何かげいでも出来れバよろしいと存じ、
此上すいきよふすれバ、実に御蔵のにわとりとやらにて御座候。
[龍馬の手紙 慶応3年6月24日 乙女、おやべ宛]
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雑喉場橋から北向きの写真から再開
なお、まっすぐ行くと山田町牢舎跡に、これはこの記事後半

「はりまや界隈」と題してご案内しておりますが
この道路を堺に右手は九反田です
龍馬の継母「北代伊与」の実家の跡地が
右手九反田公園であることは先に書きました

この九反田公園の前(写真左)に藩の御米蔵があり
庭の楠の大木に鶏がたくさん住み着いていたらしく
冒頭に紹介した龍馬の手紙の御蔵のにわとりとはここの事らしい

さてこの九反田
宮尾登美子著「鬼龍院花子の生涯」で侠客のモデルとなった
鬼頭良之助こと森田良吉が住んでいた所でもあり
関連記事 → 鏡川河畔 柳原橋北詰西側
彼は「故阪本龍馬先生彰勲碑」(大正5年11月10日 高知市柳原)
建設の世話人としても名を残しております
この裏面に親族代表として北代幹美(龍太郎)の名があり
龍太郎は継母伊与の弟の息子で、龍馬がよく連れまわったらしい

さてさて、この「故阪本龍馬先生彰勲碑」
今は柳原にありません、現在一体何処にあるでしょう
知ってる人はかなり少ないと思いますが コレハマタイズレ

も一つ余談
中岡慎太郎が庄屋見習い時代に地元の窮地を救う為
藩の米蔵を開けさせたと言う逸話が伝わってますが何処でしょう
全く確認はしてませんが、ここも藩の米蔵ですね

次にこの九反田の交差点を東に行くと開成館跡が東九反田公園に
明治4年に板垣、西郷、木戸、大久保らで薩長土首脳会談が行われた所
ここの地の変遷は複雑なのでまた後日にて
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少し戻って掘り川沿い旭ロイヤルの西隣の酒屋「安岡酒店」
写真は西向き、正面に「かるぽーと」の丸い屋根
正面突き当りの「止まれ」の標識のところが「遊覧船」の事務所
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シルバーウイークに来高したエノカマさんらと地酒の話になり
飲んでみようかと買いに入ったら中・高時代の友人ところでした (^^ゞ
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遊覧船では飲食禁止なので
県外からの方は遊覧船の待ち時間にでもいかがでしょう
高知の地酒も揃ってるので、帰りにはお土産にバッチリです (^^ゞ

なお丹後の「松栄屋」さんもよろしく
京都・丹後 ええもんや本舗
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さて、今回の記事の目的が位置関係をまとめるもので
以下、はしょりながらですが、是非はりまや界隈の観光のマップ代わりに (^^ゞ
詳細はいずれ別記事にて

北光社移民団出航の地
堀川を北に渡るとこの碑があります
龍馬の甥、坂本直寛が北海道北見市開拓に組織した記念地
高知市と北見市は姉妹都市
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更に北、電車通りに出たところ
よさこいの競演場でもある菜園場商店街入り口
左に見えるつり具 広瀬丹吉商店と龍馬は懇意で
堀川で泳いだ後に休んだ所
正面ビルの裏の方に武市半平太道場跡があります
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武市半平太道場跡
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更に北に行くと「岡本寧浦先生塾舎址」
岩崎弥太郎も門人でした
写真は南向き、正面にみえるのは「かるぽーと」
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更に北、次の角を左折、新堀川に蓋をする工事をしております
左手あたりに山田町牢舎(現はりまや町)
正面少し左の茶色いマンション裏に中江兆民先生誕生地
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中江兆民が「龍馬の使いでタバコを買いに行った」話が残ってます
場所は京都だか長崎だったか・・・
山田町牢舎での間崎、平井、広瀬の切腹を兆民が覗いた話も残ってます
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兆民から西に出ると山田橋番所跡
当時、ここを北(写真正面)に出ると郭外
参勤交代などもここの番所を経由
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山田橋から真北向き、正面が当時七軒町といわれたところ
ここに自宅のあった岡田以蔵が七児と呼ばれる所以でもある
その以蔵は山田町牢舎で打ち首になった
※訂正 七軒町は写真を左に振った橋の左(西、北詰)でした
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写真は思いっきりはしょっておりますが
写真は斜め東向き、左に見える道を真っ直ぐ(東)行くと半平太道場跡
はりまや橋商店街に戻ると北の入り口に魚の棚商店街
ここは歴史も古く、半平太宅の食材もここで買われてたのではないかとの話も
道場に寄った龍馬、慎太郎らもここで買い食いをしたかも (^^ゞ
なお当時はこの左の道、すぐそばまで堀川が続いていた、と商店の人に聞きましたが
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それぞれ突っ込んだ記事をいずれまた書きたい

Canon EOS-5D MarkⅡ、TAMRON AF28-75mmF2.8 A09E
SIGMA 12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL HSM

撮影:2009年10月3日、10日

by ji5isl | 2009-10-12 08:12 | 幕末関連